見取り図のお笑いコンビで有名なツッコミ担当の盛山晋太郎ですが、昔って結構太っていたみたいですね。
約100日間のダイエット企画で20Kgの減量に成功したそうです。
途中リバウンドなんかもあり、自分自身と格闘していたとかいう情報もあります。
えっ!!!20Kgもダイエットするなんて昔の体型は、どうだったのか気になりますよね。
そこで盛山晋太郎の昔や若い頃はどうだったのか?過去と今の変化や体型、経歴などについて調べてみました。
盛山晋太郎さんのプロフィール
氏名:盛山晋太郎(もりやま しんたろう)
生年月日:1986年1月9日
出身地:大阪府堺市
血液型:O型
身長:180cm
趣味:サッカー、ドライブ、競馬、パチンコなど
コンビ名:見取り図(ツッコミ担当)
180cmと高身長で多趣味な盛山さんですが、過去には体型の変化も激しく、芸人としての下積み時代にはかなりの苦労を重ねてきた情熱的な一面が見え隠れしますね。

盛山晋太郎さんの昔や若い頃は
見取り図・盛山晋太郎さんの昔や若い頃は、今では想像もつかないほど破天荒で、どん底とも言える大変な苦労を重ねてきた時期でした。
なぜなら、幼い頃から目立ちたがり屋で芸人を夢見ていたものの、ご家族の反対で別の道を目指したり、芸人になってからも長らくお金がなく、住む家さえ失うような厳しい生活を送っていたからです。
具体的に調べてみると、高校時代は文化祭の音楽ライブに出たいがためだけに、本番1ヶ月前だけ軽音楽部に入部し、終わったら即退部するという行動を3年間も繰り返すような、かなりのお調子者だったようです。
卒業後はご両親から「公務員になれ」と言われ、大阪法律専門学校に2年間通って警察官や消防士を目指していました。
それでもお笑いの道を諦めきれずNSC(吉本総合芸能学院)に入学しますが、そこからの20代はまさに茨の道でした。
NSCの授業には出ずにパチンコ店の開店に並んで台のデータをメモするような生活を送り、10年間はずっと借金まみれだったそうです。
家賃が払えずに家を追い出され、劇場に2ヶ月間もこっそり住み着いていたこともありました。
さらに一番つらかった30歳手前の時期には、タバコを買うお金すらなく、公園に落ちているシケモクを拾って吸い「俺の人生は最底辺や」と本気で絶望したと語っています。
せっかくの機会なのでタバコ辞めればよかったのになぁって思います。

ファンの皆様申し訳ありません。
仕事で結果が出ずメンタルも落ち込み、なんと本気で大阪府警の採用試験を受けようとしていたというエピソードまであります。
このように、盛山晋太郎さんの昔や若い頃は、決して順風満帆なお笑いエリートではなく、泥水すするような過酷な下積み時代を必死に生き抜いてきた超苦労人だったということがわかりますね。
松本人志さんの番組では、出演者の中でも、一番下積みが長ったと話しております。
必死に生きてきたからこそ今があるってところでしょうかね。
私も日々を必死に生きたいなってあらためて、感じます。
盛山晋太郎さんの過去と今の体型の変化は
盛山晋太郎さんの過去と今の体型の変化は非常に激しく、何度も大幅なダイエットとリバウンドを繰り返してきた歴史があります。
その理由は、20代の頃に超巨漢だった自分を変えるため、そして最近では雑誌の企画などで本気の肉体改造に挑んだためです。
具体的な変化をたどってみると、盛山さんは20代前半から半ばの頃、なんと体重が最大125キロもありました。
当時のお金がない下積み時代、安くてお腹にたまる白米を1食につき3杯食べたり、ホールケーキをまるごと平らげたりと、1日7食もの爆食生活を送っていたそうです。
その結果「20年前はバケモノの様な見た目」と番組でイジられるほどの巨漢になり、街中で頻繁に職務質問を受けたり、ホームレスの方に仲間と勘違いされてお酒に誘われたりするほどでした。
1日7食も食べるって、お金がなくても工夫すればできるんですね。
しかし、「移動で人に迷惑をかけているのでは」と周囲を気にしてダイエットを決意し、そこから2年間でなんと45キロも落として80キロまで減量しました。
さらに記憶に新しいのが、昨年雑誌「anan」の表紙を目指す企画で挑戦した約100日間のダイエットです。
104.5キロから84.6キロへと約20キロの減量に成功し、別人のようにシュッとした姿が大きな話題になりました。
この時は、徹底した食事制限とPFCバランスの管理、さらには3つのジムを掛け持ちし、1日に水を4〜6リットルも飲むという「地獄のような」超正攻法の努力で痩せたそうです。
ただ、現在は少しリバウンドしてしまっていることもご本人が明かしており、ご自身でも「だいぶ肥満とは長い付き合い」と語っています。
盛山晋太郎さんの過去と今の体型の変化は、最大125キロからの45キロ減や、
最近の100日間で20キロ減など、驚異的な努力による劇的な変化の連続であり、常に自分自身の体と全力で格闘していることがわかりますね。
盛山晋太郎さんの経歴
盛山晋太郎さんの経歴は、どん底の下積み時代から這い上がり、今やテレビのど真ん中で活躍する人気芸人へと見事な大躍進を遂げています。
なぜなら、大阪での地道な劇場活動や数々の失敗を乗り越え、M-1グランプリでの大活躍を皮切りに一気に全国区のスターへと駆け上がったからです。
具体的な経歴としては、2006年にNSC大阪校へ29期生として入学し、2007年に同期のリリーさんを六甲へのドライブに誘ったことがきっかけで「見取り図」を結成しました。
結成当初から劇場で頭角を現す一方で、生放送で放送禁止用語を言ってしまったり、イベントでふざけすぎて怒られたりと、ご本人曰く「ミスだらけの芸人人生」だったそうです。
しかし、実力は着実に磨かれ、漫才日本一を決める「M-1グランプリ」では、2018年に9位、2019年に5位、そして2020年には堂々の3位という輝かしい成績を収めました。

これを機に大ブレイクを果たし、大阪から東京へ拠点を移すと瞬く間に大人気になりました。
現在では朝の番組「ラヴィット!」の水曜レギュラーや「ぐるぐるナインティナイン」のゴチメンバーなど、数多くの人気番組に出演しています。
プライベートでは2025年1月に一般女性とのご結婚も発表されました。
このように、盛山晋太郎さんの経歴は、数え切れないほどの失敗や挫折を経験しながらも、確かな漫才の実力と愛されるキャラクターで大成功を掴み取ったサクセスストーリーと言えますね。
盛山晋太郎さんのまとめ
盛山晋太郎さんの昔や若い頃は、借金まみれで住み家もなく、公園のシケモクを吸うほど過酷な下積み時代を経験した苦労人でした。
盛山晋太郎さんの過去と今の体型の変化は、最大125キロから45キロの減量や、直近の企画で20キロの減量に成功するなど、驚異的なダイエットと多少のリバウンドを繰り返す劇的なものでした。
盛山晋太郎さんの経歴は、数々のミスや挫折を乗り越えてM-1グランプリで結果を残し、今や全国区の人気テレビ番組に欠かせない存在へと大躍進を遂げています。
お笑いFUJIWARA原西さん関連記事



コメント