日本を代表するロックバンド「LUNA SEA」のドラマーとして知られる真矢(本名:山田真矢)石黒彩さんと結婚し、1男2女をもうけたことでも有名です。
幼少期に能楽師の父から影響を受け、高校生でドラムの魅力に目覚めた真矢さんは、1992年のメジャーデビュー以降、バンドの黄金期をドラマーとして支え続けました。
LUNA SEAの活動休止後も、ソロ歌手や実業家、タレントとしてマルチな才能を発揮し、後進のドラマーにも多大な影響を与えています。
2026年2月、闘病の末に56歳という若さで惜しまれつつこの世を去りましたが、彼が刻んだ魂のビートは今も色褪せることはありません。
本記事では、真矢さんの輝かしいバンド経歴と、多才な活躍を支えた家族について詳しく調べてみました。
皆さまも一緒に振り返ってみましょう。
ルナシー真矢さんのプロフィール
本名:山田 真矢(やまだ しんや)
生年月日:1970年1月13日
出身地:神奈川県秦野市
職業:ドラマー(LUNA SEA)、歌手、タレント、実業家
家族:妻は元モーニング娘。の石黒彩で、1男2女の父
バンド経歴:1992年にLUNA SEAとしてメジャーデビューし、不動のドラマーとして活躍
多才な活動:ソロ歌手、ラーメン店「天雷軒」プロデュース、宝石店経営など多方面で才能を発揮
趣味:ゴルフ(ベストスコア74)、車(ジャガーなど)、祭り(自宅に神輿を所有)
闘病歴:2020年に大腸がん、2025年に脳腫瘍を公表し、リハビリを続けながら活動 没年月日:2026年2月17日(56歳没)
真矢さんのプロフィールからは、音楽家としての枠を超えた圧倒的なバイタリティと人間味を感じます。
能楽師の父を持ち、和太鼓からドラムへ転じた独自のルーツや、バラエティ番組で見せた明るいキャラクターは、多くのファンを惹きつけました。
また、ラーメン店経営やゴルフなど多趣味な一面も魅力的です。
晩年の病との闘いの中でも最後までステージへの情熱を燃やし続けた生き様は、まさに表現者そのものであり、深く胸を打ちます。
ルナシー真矢さんの嫁は誰?
LUNA SEAのドラマー、真矢さんの奥様は、元「モーニング娘。」のメンバーとして知られる石黒彩さんです。
お二人は2000年5月12日、石黒さんの22歳の誕生日に入籍されました。

2005年には結婚5周年を記念して、出雲大社で結婚式も挙げられています。
お子さんは1男2女の3人に恵まれ、ドラムにちなんだお名前をつけられているそうですよ。
家庭での真矢さんは意外にもシャイで、奥様の石黒さんがマシンガントークで盛り上げるという、とっても賑やかで仲の良いご夫婦だったようです。
40代からは共通の趣味としてゴルフを楽しまれており、石黒さんも真矢さんの影響でゴルフを始められたのだとか。
真矢さんが病に倒れた際も、石黒さんは最後まで献身的に夫を支え続け、最期は喪主も務められました。
長年連れ添い、支え合ってきたお二人の絆の深さが伝わってきますね。
ルナシー真矢さんの若い頃(過去)の活躍について
真矢さんの若い頃は、能楽師の父の影響で和太鼓に親しむなど、音楽の土壌がしっかりしていました。
ドラムを始めたきっかけは意外にも「女の子にモテそうだから」という理由で、高校時代にバイクを買ってもらう約束をドラムセットに変更したそうです。
LUNA SEAとしては1992年にメジャーデビュー。
初期はリボンをつけた中性的な姿でしたが、ドラムの音の迫力を出すためにあえて体重を増やすなど、音への情熱は人一倍でした。
1997年のソロ活動では秋元康さんプロデュースで美しい歌声を披露し、バラエティ番組で見せる明るいキャラでもお茶の間に親しまれ、多才な活躍を見せてくれました。
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ルナシー真矢さんのバンド経歴は
1989年にLUNA SEAのドラマーとして初ライブを行い、1992年にアルバム『IMAGE』でメジャーデビューを果たしました。
2000年の「終幕」後は、2005年にユニットPOTBELLYを始動し、2011年にはGACKT率いるYELLOW FRIED CHICKENzにも加入するなど精力的に活動。
2010年のバンド再始動後も唯一無二の屋台骨として支え続け、氷室京介や大黒摩季ら多くの著名アーティストのサポートも務めました。
ルナシー真矢さんゆっくり休んでください。
新しい情報がありましたら更新したいと思います。


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