元日本ハムプロ野球選手の斎藤祐樹さんが北海道駒大苫小牧OBとして早稲田実業OBと
対決したことが話題となっている。
そこで斎藤佑樹の豪邸や経歴、当時ハンカチ王子と呼ばれていた甲子園での活躍や、学歴などについて調べてみた
齋藤祐樹のプロフィール
氏名:斎藤祐樹
生年月日:1988年6月6日(2025年現在37歳)
出身地:群馬県太田市
職業:元プロ野球選手
現在:株式会社斎藤祐樹代表取締役
株式会社ライブドア取締役兼最高情報責任者
株式会社斎藤祐樹について少し調べてみました。斎藤祐樹さんご本人が代表を務める会社です。
齋藤祐樹さんが野球選手というキャリアを終えて新しい時代に向かっていくというキャッチアピールでご両親が経営していた社名を変更したものです。
詳しい、企業理念的なところは記載がなかったですが、ホームページを見ますと、野球未来づくりとあります。
プロ野球のマウンドに立ち続けることはできなかった。けれど野球を通じて誰かの力になろうとめざす日々をこれからも続けようと思う。
自分が野球人生で感じてきたことを野球の未来につなげていく。引用:株式会社斎藤祐樹公式ホームぺーじより
明確仕事内容は、掲載されておりませんでしたが、公式ホームページに記載から見ますと、野球を専門としたコンサルティングではないかと推測されます。
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齋藤祐樹の豪邸は
斎藤祐樹さんの現在の住まいや豪邸についての明確な情報はありませんでした。
推測ですが情報はあります。
齋藤祐樹さんの自宅(実家)は群馬県太田市にあると自身のインスタグラムで公表しております。
そして、2021年に斎藤さんが立ち上げた株式会社斎藤佑樹が登記されている住所もこの実家という情報があります。
それでは、斎藤祐樹さんご本人はといいいますと、千葉県八街市に1億円の豪邸を建てたとかの情報もありますが、はっきりした情報はありませんでした。
豪邸ともいえる家がどうなのか調べてみました。
WITHEARTH HOME(ウィザースホーム)という住宅メーカーとスポンサー契約を結んでおり、スポーツと暮らす家として斎藤祐樹さんがウィザースホームの公式ホームページに掲載されております。
スポーツする人を支え、家族みんながスポーツライスを楽しめる家づくりを目指しております。

齋藤祐樹さんとコラボしている家が多数ありますので、もしかしたら同様の家かもしれませんがはっきりした情報はありませんでした。

2階のベランダに何か秘密がありそうですね。

きっと斎藤祐樹さんのご自宅もこんな感じかなと推測します。
齋藤祐樹の経歴や学歴
太田市立生品小学校在籍中は、地元学童野球チーム「生品チャンピョンズ」に1年時から在籍し、主将を務ております。
松坂大輔さんの活躍を見て、自分も甲子園に行きたいと小学校の頃に思っていたそうです。
太田市立生品中学校では軟式野球部に所属し、群馬県大会では最高準優勝、関東大会ではベスト8まで進み地元でも話題となっております。
高校は、皆様もご存じかと思いますが、早稲田実業学校高等部です。
2004年野球も勉強もトップレベルの高校で文武両道を目指すという理由から、推薦入試により早稲田実業学校高等部へ進学し、東京で兄と2人暮らしを始めております。
高校時代の活躍については、次の見出し「ハンカチ王子時代の甲子園」に記載します。
その後、早稲田大学教育学部社会科社会学専修に入学し、早稲田大学野球部へ入部しております。
大学時代は、世界選抜日本代表、日米大学野球選手権に出場しております。

2010年、プロ野球ドラフト会議にて4球団が1位指名し、抽選で日本ハムが交渉権を獲得し、
日本ハムとの交渉の結果、新人としては、最高評価の年俸1,500万円、契約金1億円、出来高5,000万円で仮契約し、2011年~2021年まで北海道日本ハムファイターズで活躍し、故障等の影響もあり2021年引退している。

引退後は、2010年にご両親が設立したマネジメント会社「ユウ企画株式会社」の商号を、「株式会社斎藤佑樹」へ変更し、斎藤佑樹さんが代表取締役へなり、野球の未来づくりに関する活動を開始してます。
バーチャル高校野球のフィールドディレクターへ就任、学生野球資格回復制度を通じ日本学生野球協会から資格回復の適正を認定し、野球関連の指導や現役部員への取材などが可能となり、活動の範囲を大きく広げている。

熱湯甲子園では早稲田実業高等部の専属取材担当やメディア等の活躍も活発に行っており、マネジメントならず、CM出演やスポーツの家と称して企業とのコラボ建築なども行っております。
ハンカチ王子時代の甲子園
投手である、斎藤佑樹さんは、高校時代ですが額の汗を拭く際に、ユニフォームの袖で拭くとユニフォームがびしょびしょになる。
その状態で、投球し続けると袖が伸びてしまい、フォームが乱れ、腕の疲労が増し、送球に影響が出ててくるため、ハンカチを後ポケットに入れていたそうです。
額をユニフォームの袖で拭きたくなかったことがきっかけで、ポケットに入れたハンカチで額を拭くようになったようです。

春の選抜の時点で自分たちのレベルはこの程度だと逆に反省したそうです。優勝するためには、何が足りないのかをすごく考えたそうです。
もう少しボールのスピードを上げたいが春から夏の間は3ヶ月しかないため、今から筋肉をつけても無理があると考えたそうです。
そこで、斎藤佑樹さんが当時、考えたことは、スタミナと投球フォームの改善だったようです。
そして、しかし自分自身では難しかったようですが、同じ系列でもある、早稲田大学のスポーツ科学部があり、そこから色々とアドバイスをもらい、実行した結果、投球フォームが改善された。
スタミナと投球スピードもあがり、ついに夏甲子園優勝を果たし、ハンカチで額を拭く姿からハンカチ王子と呼ばれるようになった。
まとめ
斎藤祐樹さんの現在の住まいや豪邸についての明確な情報はありませんでした。
しかし、実家は、群馬県太田市にあり、推測ですが千葉県八街市に豪邸を建築しているとかの情報がありますが公式には発表されておりません。
経歴や学歴は、小学校、中学校と地元の太田市で野球チームに所属しており、早稲田実業高等部へ進学し、投手として活躍し夏の甲子園で優勝する。
早稲田大学教育学部社会科社会学専修に入学し、大学4年間で世界選抜日本代表や日米選手権代表などに選ばれたりと大学野球以外でも活躍する。
2011年北海道日本ハムファイターズへ入団し、故障等が原因となり2021年退団し、ご両親が作った「ユウ企画株式会社」の商号を、「株式会社斎藤佑樹」へ変更し、マネジメントやコンサルティングとうい活躍で現在に至る。
額をユニフォームの袖で拭きたくなかったことがきっかけで、ポケットに入れたハンカチで額を拭くようになり、甲子園でハンカチ王子と呼ばれるようになりました。
いかがでしたでしょうか。野球の現役の時より充実しているようにみえる斎藤佑樹さんです。
これからも野球をメインとしてスポーツ全般で応援したいと思います。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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